サプライチェーンマネジメント(SCM)教育サービス
世界市場で勝つにはSCM(サプライチェーンマネジメント)人材が不可欠である。多くの企業がこの課題を認識しているが、育成には手をこまねいている。SCMとは、サプライチェーンをエンドトゥエンドで俯瞰し、全体最適を図り、競争優位を生み出す戦略的な取り組み・概念である。
しかし、現場とその意向を尊重し、現場主導のOJTを通じた人材育成が一般的な日本では、SCMの本来の考え方が浸透しにくい。背景には、世界標準のSCMの知見を網羅的且つ体系的に提供する教育機関が、国内では限られていることも一つの要因だろう。
そうした中、SCM教育のグローバル・スタンダードとして認められているのが、ASCM(Association for Supply Chain Management)が提供するAPICSだ。ASCMはSCM領域の世界最大の団体で、資格認定も行っている。このAPICSに準拠した教育プログラムを提供しているのが日立ソリューションズ東日本の「SCM教育サービス」である。
パワー半導体とアナログICで世界市場を目指すローム株式会社(以下、ローム)様は、SCM本部を立ち上げ、若手精鋭4人に「SCM教育サービス」を受講させた。ほぼ半年間にわたる研修で、同社はグローバルメジャーへの戦略構築の手応えをつかんでいる。
■ ローム株式会社 パワーデバイス事業本部 パワーデバイス事業計画課 事業計画グループ 主任 APICS CSCP / 通関士有資格者 西植 数起 氏
■ ラピスセミコンダクタ株式会社 宮崎工場 調達部 宮崎調達グループサブグループリーダー 湯浅 花奈子 氏
■ ローム株式会社 SCM本部 調達部調達管理課 CSR調達グループ 主任 APICS CSCP 原口 峻輔 氏
■ ローム株式会社 SCM本部 調達部 材料調達課 ATPグループ 主任 阿部 充志 氏
ローム様は日本の電子立国を牽引してきた半導体メーカーである。1958年に設立(創業は1954年)され、小型抵抗器から半導体へとラインアップを拡大、総合電子部品メーカーへと成長してきた。「ROHM」の社名は、創業当初の生産品目の抵抗器(Resistor)の頭文字「R」に抵抗値の単位Ω「ohm」を組み合わせたものである。
同社の経営ビジョンは「パワーとアナログにフォーカスし、お客様の"省エネ"・"小型化"に寄与することで、社会課題を解決する」。
パワーとはパワー半導体、アナログとはアナログIC(集積回路)のこと。これら技術を融合させ、世界中に広がる開発・技術サポート・営業ネットワークをベースに、自動車や産業機器市場など、さまざまな分野で幅広いニーズに応えている。
とりわけパワー半導体増産は、国力回復を目指す日本政府の国家戦略でもあり、ローム様を含めた国内半導体メーカーへの期待が高まっている。
西植 氏
2020年、ローム様が世界市場での戦いに勝てる組織作りを目指し、発足させたのがSCM本部である。
--「それまでの調達部門、物流部門、材料品質管理部門の3部門を統合し、さらに開発購買機能を組織化した、SCM強化を目指す部門です」と、ローム株式会社 パワーデバイス事業本部 パワーデバイス事業計画課 事業計画グループ 主任 西植数起 氏は説明する。
--「当社ではワールドワイドな製造・販売ネットワークを持っていますが、これからの成長戦略の中で、調達から販売までというグローバルなSCMが不可欠になりました」と、ラピスセミコンダクタ株式会社 宮崎工場 調達部 宮崎調達グループ サブグループリーダー 湯浅花奈子 氏は補足する。
部門最適ではなく全体最適が求められているのである。
組織を作るだけではなく、リーダーとなる人材が必要だ。そこで若手4人を選抜し発足させたのが「SCM本部能力向上プロジェクト」であった。「SCMを変革できる自律した人材になれ」とミッションが下された。
同社ではそれぞれの部門でOJTとして教育を受けてきたため、一貫したSCMを学ぶことのできる環境がなかった。
--「この「SCM本部能力向上プロジェクト」は、本部責任者の力強いサポートがあり、メンバーが学びたい教育を主体的に考える機会を与えていただきました。まず、SCMの変革に必要な要素を①専門技能、②マネジメント力、③組織横断力の3つに分類し、テーマごとに計画を練りました。その専門技能を高める手段として選択したのが、今回の『SCM教育サービス』です」とローム株式会社 SCM本部 調達部 材料調達課 ATPグループ 主任 阿部充志 氏は説明する。
世界標準のSCMを学べるカリキュラムを探し、見つけたのが日立ソリューションズ東日本の提供する「SCM教育サービス」であった。
--「日本でもSCM教育がまったくないわけではありませんが、『SCM教育サービス』より詳しく横断的に学べるものは見当たりませんでした」と探し出した西植氏は評価する。
--「内容が濃いということ、オーダーメイドに対応しているということで、『SCM教育サービス』が際立っていました。調べていくうちに世界水準であるということも分かってきました」とローム株式会社 SCM本部調達部 調達管理課 CSR調達グループ 主任 原口峻輔 氏も認める。
日立ソリューションズ東日本の提供する「SCM教育サービス」を若手社員が受講するケースは珍しくはないものの、自分たちで探し出して自分たちで選ぶというのは、ほとんど例がない。「SCM教育サービス」では、先ず簡易的なビジネスゲーム(エレファントゲーム)、そして座学のSCM基礎研修が提供されている。
さらに、座学の「APICS CSCPレビューコース」が提供され、受講することで、SCMの世界標準のSCMの知識体系を押さえ、CSCPの資格取得に近づく。そして総まとめとして経験学習「The Fresh Connection」がある。ローム様はこれらの研修プログラム全てを約半年をかけてすべて受講した。すべてのプログラムを受講した例はまだ珍しい。
原口 氏
「SCM教育サービス」は基礎的な座学から始まったが、その印象はどうだっただろうか?
--「研修が『需要』から始まったことが驚きでした。SCMとは調達から入るものだと思っていました。ただし、すべての学習を終えて、やはり需要から入るべきだったと後から再認識しました」と西植氏は振り返る。
「The Fresh Connection」の一般研修後に参加した競技会形式の研修である日本予選では、SCM基礎研修・APICS CSCPレビューコースで習得した知見を活かし、2位という好成績を獲得。日本代表チームとして世界大会に駒を進めた。
約50チームが競った続く世界大会の決勝では、扱うことのできるパラメーター数も一気に増え、それらが複雑に関係してくるより実践的なビジネスシミュレーション・シナリオに挑んだ。難易度が極めて高い競争環境下でも、ローム様は第2ラウンドで6位を記録するなど最後まで善戦した。
同時に、グローバルメジャーとして戦うために超えなければならない世界の壁も認識した。この競技会形式の研修への参加を通じた座学だけでは学ぶことの難しい実践的学習スタイルも「SCM教育サービス」の大きな特徴だ。
--「負けたくないという思いが募り、ヒートアップしてくる。4人で会議室にこもって仮説と検証を繰り返すのですが、その時間がどんどん長くなっていきました。理論を学んで最終的にはシミュレーションで身に付けることができたのが有用だったなと思っています」と、湯浅氏は笑顔を見せる。
--「先ず座学の講義を受けてはみたものの、当初は内容に深入りできずチンプンカンプンでした。すぐに業務に役立てることができると思っていたので、大きなギャップがありました」と、原口氏は自嘲気味に語る。
「The Fresh Connection」ではトレードオフを考慮して意思決定をする必要があるということを身にしみて感じたとも語る。
湯浅 氏
--「以前はSCMの考え方さえ分かっていなかったことを思い知らされました。現在は、調達する時に全体最適を考慮した、どのような発注方式を選択すればいいのか。その最適解を意識して業務に当たるようになりました」と、阿部氏は効果を語る。
--「我々はコモディティ製品から最新技術を基にした製品までさまざまな製品を提供していますが、それらをSCMの視点で分析・分類し、戦略的にどのように調達し供給するかを再検討しなければならないと感じます」と、原口氏は視座の変化を語る。
--「私は今回の研修を通じて2つの効果を得ました。1つはこれまでより高い視座で、会社としての最適解を意識するようになりました。そしてもう1つは、理論を日々の業務で活用できるようになりました」と湯浅氏も語る。湯浅氏は、「SCM教育サービス」で身に付けた技術を活かすべく、すでに新天地で活躍している。
ラピスセミコンダクタに出向し、SiC(シリコンカーバイド)素材のパワー半導体宮崎第二工場の建設プロジェクトに参加しているのである。
--「グループの将来を左右するような大型プロジェクトです。グローバルメジャーとして戦うことのできる半導体工場の立ち上げがミッションとなっています」と意気込みを見せる。
阿部 氏
他のメンバーはどのような展望を持っているのだろうか。
--「SCMで学んだことすべてを活かせるかというと、正直難しい部分もあります。例えば、ソーシングもマーケティング段階から入っていかないとSCMによる全体最適は難しい。SCMを実現するためにも、先ず組織作りから模索する必要もありそうです」と、阿部氏は語る。
--「以前は物流関連業務に従事してきたのですが、物流はサプライチェーン全体の構成要素に過ぎません。物流の効率向上・コスト低減がそのまま全体最適の観点でも効率向上・コスト低減に繋がるかについては、トレードオフの観点で検証が求められることになります。現在は事業計画課に配属となり、従来以上に学んだ内容を具体的に活かしていけるチャンスがあるのではないかと考えています」と、西植氏もこれまで学んできたことを活かした全体最適を模索している。
西植氏は受講後も学習を継続し、みごと「APICS CSCP」資格試験に合格。認定を獲得している。
原口氏も「APICS CSCP」資格認定を受けた。受講完了後半年以内に4名中2名(受講者の50%)の資格取得者を出した例も少ない。
--「日本ではまだマイナーですが、海外では広く知られ権威もあります。実際、某外資系製造業の担当者との名刺交換時に気づいていただきました。SCMを現場で活かすことはもちろん、社内に広めていくことも自分の使命と考えています」と原口氏は語る。
今回の一連のSCM研修への取り組みは、継続的な社内採用へ向けた評価の側面もあった。参加したメンバーがそれぞれの立場で研修内容に活かしていることで、ローム様では今後継続的な人材育成を推し進めていく意向である。ローム様の成長力を実感できるSCM教育の採用事例となった。
社名 |
ローム株式会社 |
---|---|
設立 |
創業 1954年 設立 1958年9月17日 |
本社 |
〒615-8585 京都市右京区西院溝崎町21 |
代表取締役社長 |
松本 功 |
資本金 |
869億6,900万円 (2023年3月31日現在) |
事業内容 |
半導体をはじめとする電子部品の開発・製造・販売 |