サプライチェーンマネジメント(SCM)教育サービス
SCM本部を設立し、調達・生産・在庫・物流・販売までの一連の流れをトータルに管理しようとする企業が増えている。それまで、部門最適指向で遂行されてきた業務を、全体最適に切り替えようという動きが活発化している。ここで課題となるのが、SCMに精通した人材の育成だ。SCMには多角的かつ俯瞰な視点と幅広い経験が求められるが、短期間で体系的に学ぶことは容易ではない。
そこで江崎グリコ株式会社(以下 江崎グリコ)様が注目したのが、日立ソリューションズ東日本が提供する実践型SCM・サプライチェーン経営人材教育プログラムThe Fresh Connection(以下、TFC)だった。2020年度のTFCの競技会形式研修後、世界SCM競技会日本予選で2021年、2022年と2年連続で日本代表に選出され、世界決勝に出場。1年目は20チーム中10位、2年目は58チーム中7位の成績を収めた。「SCMに欠かせないトレードオフを実践で学ぶことができた」「メンバーが『ワンチーム』になることができた」と高い評価を得ている。
■ 江崎グリコ株式会社 SCM本部 SCM企画室 事業マネジメントグループ 西谷 昌洋 氏
■ 江崎グリコ株式会社 SCM本部 ロジスティクス部 常温輸送・輸出グループ グループ長 赤澤 脩豪 氏
■ 江崎グリコ株式会社 SCM本部 技術開発部 生産技術グループ 管理チームリーダー 秋山 研人 氏
■ 江崎グリコ株式会社 SCM本部 グループ調達部 原料グループ ソーシングチームリーダー 大谷 誠二 氏
西谷 氏
日本人なら誰もが知っている国民的お菓子メーカー、江崎グリコ様。有明海産カキの煮汁に含まれているグリコーゲンの栄養価に注目し、キャラメルとして販売したことが同社の出発点になっている。十分に栄養が行き届いていなかった創業当時、日本の子どもたちの体と健康作りに貢献したいという創業者・江崎利一氏の願いが原点にある。
大阪に進出し当時の大阪三越百貨店の店頭に初めてグリコが陳列された日をもって、創立記念日とした。それが1922年2月11日である。以来100年以上、ビスコやプリッツ、ポッキー、パピコ、プッチンプリンなどのロングセラーを発売。現在では菓子類のみならず、アイスクリーム、ヨーグルト・乳飲料、ベビー育児、健康事業など、赤ちゃんから大人まであらゆる世代の方々に「おいしさと健康」をお届けしている。
同社がSCM本部を設立したのは2007年のことである。
サプライチェーンに関わる各部門を集約し、サプライチェーンの最適化を図ってきた。このSCM本部を率いているのが飛田周二常務執行役員SCM本部長であり、2年連続で同社参加メンバーを、世界SCM競技会世界決勝の舞台へと導いた立役者でもあった。
--「SCM本部では『End to Endの視点を持て』とよく言われています。原料調達から製造、販売、そしてお客様の口に入るまで、常に連携を考えて業務に当たれということです。品質であれ、コストであれ、部門最適ではいけません」と、SCM本部 SCM企画室 事業マネジメントグループ 西谷昌洋 氏は語る。
--「生産部門は生産本部という名称でしたが、私が入社して数年後にSCM本部の一部門となっています。SCMの機能の連携に次のビジネスの種があると言われたのを覚えています。最初から最後まで全体最適を考えながら仕事することだと理解しています」と、SCM本部 技術開発部 生産技術グループ 秋山研人 氏も振り返る。
日立ソリューションズ東日本は企業におけるSCMの重要性にいち早く着目し、関連するサービスやソフトウェアパッケージを1990年代から提供してきた。TFCはサプライチェーン人材教育プログラムであり、世界ではFortune Global 500の製造業トップ100社の40%が採用しているほどの実績を持っている。座学はもちろん、実践の場としての世界SCM競技会GPC日本予選も開催しており、日立ソリューションズ東日本は2019年9月から日本窓口としてサービスを開始している。
このTFCに興味を示したのが江崎グリコ様であり、SCM本部長の飛田氏であった。2020年度の日本国内限定の競技会形式研修への参加を皮切りに、世界SCM競技会GPC日本予選への参加を通じた人材育成へ向けた意向も示した。
舞台となるのは架空のフルーツジュースメーカー「The Fresh Connection」であり、当初の赤字経営からの脱却を図りつつ、最終的にはROI(Return on Investment=投下資本利益率)の数値で大会順位が決まる。
参加企業を見ると業界トップクラスのグローバル企業が名前を連ねている。江崎グリコ様はSCMを重視しているため、自社のオペレーションや立ち位置が、グローバル水準の中でどれくらいなのか、他流試合をとおして比較してみたくなったと語る。
2021年度の世界SCM競技会日本予選初回参加時、メンバーは飛田氏を含む20代~60代の5名で構成。2021年11月上旬の日本予選で2位の好成績を収め、世界決勝への切符をつかむことができた。世界決勝は同年11月中旬に開催され、世界の各地域の予選を勝ち抜いた20チームが参加し、江崎グリコ様は日本代表チーム最高順位となる10位の成績を収めた。2020年度の国内限定の競技会形式研修では下位に沈む経験をしながらも、学習しチームとして成長を遂げられ、最終的なCO2排出量で世界決勝1位のスコアもマークしながらの好成績であった。
秋山 氏
飛田氏はサプライチェーン人材育成研修として十分な手応えと価値を認識。2022年は中堅クラスでチームを編成し、TFCビジネスシミュレーション研修参加を経て、GPC日本予選へも挑戦することになった。
そのメンバーがSCM企画室 西谷昌洋氏、ロジスティクス部 赤澤脩豪氏、技術開発部 秋山研人氏、グループ調達部 大谷誠二氏の4名である。
--「基本、実務のほかにも、性格など全体のバランスも考えてチーム編成されたと聞いています」と大谷氏は説明する。
--「社内での勉強ばかりではなく、社外へ出て経験を積んでくることが目的でした。飛田は『失敗してこい』というスタンスで、前年の世界決勝10位の経験を踏まえたアドバイスもありませんでした」と、赤澤氏は補足する。
新チームは2022年3月には、「SCM基礎研修」(座学研修)も事前受講。これは前年参加時にはなかったステップである。更に、日本予選・世界決勝の過程では、日立ソリューションズ東日本が共訳者・プロマネとして貢献し出版された書籍「ビジネスゲームで学ぶサプライチェーンマネジメント」も参照。青山学院大学の細田高道教授や中塚昭宏助教、学習院大学の河合亜矢子教授など第一線の専門家が監訳者・共訳者として加わっている本で、SCMの基礎から応用まで学ぶことができる。
--「座学で学んだことの復習にもなっており、とても役立ちました。実務に役立つ内容も盛りだくさんで、陥りやすい注意点も指摘されています」と秋山氏は評価する。
2022年10月、GPC日本予選が4週間にわたって、オンラインで開催された。任意の時間と場所で演習に取り組む形式である。この日本予選で、江崎グリコ様チームのROIはマイナスに沈んだ。成績も4位と必ずしも振るわなかった。これには参加者全員が悔しい思いをしたようである。
--「日本予選では半ばダメ(世界決勝には進出できない)かなとも思いました。基礎研修ではSCMにおけるトレードオフの関係が盛り込まれており、確実に理解していたつもりでも、身に付いていないと実感しました」と西谷氏は語る。
SCMは文字どおり一連の鎖であり、購買・仕入れから在庫管理、加工・製造、輸送・納品に至るまでの連続した作業である。それぞれの作業においてベストな結果を出せればすべてうまくいくかといえば、必ずしもそうではない。購入と在庫、販売と輸送が相反するように、それぞれの業務単位にトレードオフの関係にある。TFCでは活動の成績をROIで判定するのである。
--「成績が悪いのはわかっていましたが、最後まで挽回できませんでした。自分の担当業務のことばかり考え、前後の部門のことまでを考えが至っていませんでした。チームの空気が険悪になったほどです」と大谷氏も語る。
満足のできる日本予選ではなかったが、悪化したスコアからの改善幅の観点で日本代表枠を確保。それまで敢えてアドバイスをしてこなかった飛田氏からの助言もあり、チームが結束。日本予選での失敗の原因を4人で確認し、短時間の意思決定を支援するワークシートも準備し、世界決勝に望むことになる。
世界決勝は2022年11月、毎日約2時間4日間にわたって、オンラインで開催された。日本予選とは異なる決まった時間・任意の場所で演習に取り組む形式の短期決戦である。日本時間では夜間になったために、4人はホテルに宿泊し、会議室を借り切って参戦した。
--「1つだけ、飛田から『2年間経営を任されたつもりになって臨みなさい』と言われました。これで視点が大きく変わりました。チームのゴールはROIの改善であることを再確認し、予選とは全く異なる戦略を採用して成果につなげました」と西谷氏は語る。
--「目指したのは全体最適です。日本予選では部門最適に陥っていました。私は購買担当でしたが、利益に直結できるよう原材料を安く大量に買えばいいというものでもありませんでした。在庫や財務への影響を考え、原材料の供給については、他部門と連携した判断が求められます。現実社会でもこうした厳しい時に限ってアメリカ西海岸の港でストのリスクからコンテナが滞留し、物流網が大混乱しました」と大谷氏は苦笑いを見せる。
予選とは異なる戦略と取ったことが功を奏し、世界決勝47チーム中7位の成績を収めることができた。この好成績を飛田氏は喜び、フロアに響くほどの大声で「ブラボー!」と叫んだという。
赤澤 氏
--「実際には始まってしまえばそれぞれの持ち場でいっぱいいっぱいでしたが、ROIという共通の指標があります。その指標を使ってコミュニケーションをとることができました。これによって部分最適から全体最適へと方向修正することができました」(西谷氏)
それでは、どのような効果を出場メンバーは感じているのだろうか。
--「一時的にではありますが、会社経営を体感することができました。こんなことはめったにない機会だと思います。経営者として財務諸表の数値を確認することで、部門や会社の課題が浮かびあがってきます。これは確実な意識改革になりました」と、赤澤氏は強調する。
--「最初は各部門それぞれの習熟した担当者がベストプラクティスで結果を出せばいいものかと考えていましたが、そうではないと身をもって知らされたのがTFCでした。ただ、世界決勝に出場し、そうそうたるグローバル企業と自分達は戦えるんだという自信になりました」と、大谷氏も効果を語る。
--「安全在庫という言葉は知ってはいたのですが、SCMという一連の流れの中で勉強したことがありませんでした。座学に引き続き、川上から川下まで実際に体験することで、すべてつながっていると確認できる良い機会になりました」と秋山氏も認める。
大谷 氏
出場したメンバー全員が座学での教育の限界を指摘する。バリューチェーンというつながりを意識し、自分の部門だけの評価を主張することなく前後を考えながら作業しなければならない。座学では聞くだけになってしまい、定着に不安が残る。学んだことを試行・体験し、失敗し、乗り越える過程なくしては身に付かないものがあるのだ。
来年以降も同社ではSCM教育サービス活用を通じた世界SCM競技会GPCへの出場を考えているのだろうか。
--「23年度も当社からは4名がエントリーします。また、今後も継続予定です。SCM競技会で学んだことは社内で積極的に広げていきたいです」と西谷氏は希望する。
--「他社には知ってほしくない、自分達だけのためのサプライチェーン人材育成プログラムにしたい、と冗談で言いたくなるほど、今回4人で培った知見と絆は大きかったと思います。単なる演習グループのメンバーではなく、納得できない結果や険悪になりかけた空気を乗り越え『ワンチーム』になることができました。これら仲間とこれからは実践の場で活動していきます。一番大事なのは今度の経験を実務に活かすことではないかと思います」と最後に大谷氏が結んだ。
社名 |
江崎グリコ株式会社 |
---|---|
創立 |
1922年(大正11年)2月11日 |
本社 |
〒555-8502 大阪府大阪市西淀川区歌島4丁目6番5号 |
資本金 |
77億7300万円 |
従業員数 |
連結/5,359人 |
事業内容 |
菓子、冷菓、食品、牛乳・乳製品の製造および販売 |